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大阪地方裁判所 平成9年(行ウ)58号 判決

主文

一  被告株式会社根来組、同南建設工業株式会社、同株式会社北浦組、同株式会社泉州ブロック建設及び同池宮鉄工株式会社は、原告ら補助参加人阪南市に対し、連帯して金九二六七万四五八六円及びこれに対する平成九年一二月二六日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告株式会社阪井組は、原告ら補助参加人阪南市に対し、被告株式会社根来組、同南建設工業株式会社、同株式会社北浦組、同株式会社泉州ブロック建設及び同池宮鉄工株式会社と連帯して、

1  金三七〇万六九八二円及び内金一八五万三四九一円に対する平成一〇年八月一日から、内金一八五万三四九一円に対する平成一一年八月一日から各支払済みまで年五パーセントの割合による金員、

2  平成一二年七月三一日限り金一八五万三四九一円及びこれに対する同年八月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員、

3  平成一三年七月三一日限り金一八五万三四九一円及びこれに対する同年八月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員、

4  平成一四年七月三一日限り金一八五万三四九一円及びこれに対する同年八月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員、

5  平成一五年七月三一日限り金一八五万三四九一円及びこれに対する同年八月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員、

6  平成一六年七月三一日限り金一八五万三四九一円及びこれに対する同年八月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員、

7  平成一七年七月三一日限り金一八五万三四九一円及びこれに対する同年八月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員、

8  平成一八年七月三一日限り金一八五万三四九一円及びこれに対する同年八月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員、

9  平成一九年七月三一日限り金一八五万三四九一円及びこれに対する同年八月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告らの被告株式会社根来組、同南建設工業株式会社、同株式会社北浦組、同株式会社泉州ブロック建設、同池宮鉄工株式会社及び同株式会社阪井組に対するその余の請求、被告P1に対する請求及び被告P2に対する主位的請求をいずれも棄却する。

四  原告らの被告P2に対する予備的請求に係る訴えを却下する。

五  訴訟費用は、原告ら及び原告ら補助参加人らと被告株式会社根来組、同南建設工業株式会社、同株式会社北浦組、同株式会社泉州ブロック建設、同池宮鉄工株式会社及び同株式会社阪井組との間においては、原告ら及び原告ら補助参加人らに生じた費用の二分の一を右被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告ら及び原告ら補助参加人らと被告P1及び同P2との間においては、全部原告ら及び原告ら補助参加人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは、原告ら補助参加人阪南市に対し、連帯して二億六〇〇〇万円及びこれに対する平成九年八月一二日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告P1及び同P2

1  本案前の答弁

原告らの被告P1及び同P2に対する訴えをいずれも却下する。

2  本案の答弁

原告らの被告P1及び同P2に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告らの負担とする。

三  被告株式会社根来組、同南建設工業株式会社、同株式会社北浦組、同株式会社泉州ブロック建設及び同株式会社阪井組

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

四  被告池宮鉄工株式会社

1  本案前の答弁

原告らの被告池宮鉄工株式会社に対する訴えを却下する。

2  本案の答弁

原告らの被告池宮鉄工株式会社に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、いずれも大阪府阪南市に居住する市民である。

(二) 被告P1は、原告ら補助参加人阪南市(以下「阪南市」という。)の市長である。

(三) 被告P2は、平成六年四月から平成七年三月末日まで阪南市の総務部長の職にあった者であり、入札に伴う契約締結を担当していたものである。

(四) 被告株式会社根来組、同南建設工業株式会社、同株式会社北浦組、同株式会社泉州ブロック建設、同株式会社阪井組及び同池宮鉄工株式会社は、それぞれの肩書地に本店を有する建設会社であり、後記2の入札に参加した業者である(以下、右被告ら六名を併せて「被告会社ら」ともいう。)。

2  建築工事に関する入札及び請負契約等

阪南市においては、同市立阪南スカイタウン中学校(現在の名称は飯の峯中学校)の校舎を建築するに当たり、右建築工事(以下「本件工事」という。)を請け負わせる業者を決定するため、平成七年三月二八日、被告会社らを指名業者として指名競争入札(以下「本件入札」という。)の手続を実施した。その結果、被告根来組が本件工事を一三億二〇〇〇万円で落札し、同日、阪南市との間で、代金額を一三億五九六〇万円(消費税相当額を含む。)とする約定のもとに本件工事の請負契約を締結した。右契約については同月三〇日に阪南市議会の議決が行われ、その後、阪南市は被告根来組に対し、右代金全額を支払った。

3  本件工事の請負契約に関する違法行為及び被告らの責任

(一) 被告会社らの違法行為と責任

(1) 被告会社らは、本件入札に当たって談合を行い、本件工事を被告根来組に落札させることを予め合意した上で本件入札に参加し、右合意したとおり被告根来組に本件工事を落札させて阪南市との間で本件工事の請負契約を締結させた。

阪南市から本件工事を請け負った被告根来組は、同市から支払を受けた前記請負代金の中から一九八〇万円を自己の名義料として取得したほか、被告南建設、同北浦組、同泉州ブロック及び同池宮鉄工の四社への談合調整配分金八五八〇万円を留保し、これらを控除した残額の一二億五三〇〇万円を請負代金額として、被告阪井組に対し、本件工事の全部を一括発注(いわゆる丸投げ)した。その結果、被告阪井組が本件工事を完成させたものである。

被告会社らのこのような談合行為は、阪南市に対する共同不法行為に当たるから、被告会社らは連帯して、これにより阪南市が被った損害を賠償すべき義務を負う。

(2) 原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号後段の規定(被告根来組は、財務会計上の行為である本件工事の請負契約の相手方又は財産の管理を怠る事実の相手方に該当し、同被告を除くその余の被告会社らは、財産の管理を怠る事実の相手方に該当する。)に基づき、被告会社らに対し、阪南市が被告会社らに有する損害賠償請求権を代位行使する。

(二) 被告P1の違法行為と責任

(1) 被告P1は、阪南市の市長として、請負契約の締結権限を有しているところ、本件入札に当たり被告会社らが談合していた事実を認識していたか、少なくとも右事実を認識し得たにもかかわらず、被告根来組との間で漫然と本件工事の請負契約を締結した。被告P1の右行為は、阪南市に対する債務不履行又は不法行為に当たる。その事情は次のとおりである。

阪南市においては、従前から、公共工事の入札に際して同市が設定する価格に関する情報が入札参加業者らに漏れ、それをもとにして談合価格が決められていたものであり、右のような実態は半ば公然の事実となっていた。現に被告会社らは、本件工事を含む六件の工事について談合を行い、順次落札する業者を決めていたのであり、また、被告会社らによる談合の協議は、被告会社らが加入している阪南建設業協同組合の事務所等で行われていたが、右事務所には阪南市の幹部職員も頻繁に訪問していたのである。このような状況のもとで、阪南市の事業部建築管理課課長代理であったP3は、本件入札が実施される前の平成七年三月二〇日から同月二四日ころにかけて、被告阪井組及び同根来組に対し本件工事の設計金額を漏洩していたものであり、被告P1は、P3による右の漏洩行為につき監督責任を負う立場にあった。これに加えて、被告P1は、阪南市が発注する工事につき従前から業者らによる談合が常態になっていることを熟知していた上、本件入札の当日である同月二八日には、被告阪井組の代表者(当時)であるP4から電話で、「歩切りを一パーセントにしといてくれよ。」と、設計金額を基準にして同被告が本件入札の予定価格を算出・決定する際の歩切り率(減額割合)を低くしてほしい旨依頼されたのを受けて、右の依頼どおりに歩切り率を一パーセントと決定して本件入札をそのまま実施し、その結果、被告根来組との間で本件工事の請負契約を締結するに至ったものである。これらの事実に照らせば、被告P1には、被告会社らによる談合の存在を知りながら、これを容認して本件工事の請負契約を締結したという故意責任がある。また、たとえ被告P1において右談合の事実を知らなかったとしても、阪南市において談合が常態化しており、同市の職員らも設計金額を業者に漏洩するなど談合に関与していた上、同被告自らも被告阪井組の当時の代表者から前記のような電話依頼を受けるなどしていたのであるから、本件入札につき談合が行われていることを容易に知り得たにもかかわらず、何らの不審も抱かずに本件入札を実施し、被告根来組との間で本件工事の請負契約を締結するに至ったものであり、被告会社らの各入札価格がいずれも予定価格と最低制限価格との間に納まっていて、しかも五〇〇万円刻みで並んでいるという明らかに不審な点があったのにそのことも放置した点をも併せ考えると、被告P1には本件入札における談合を看過したことに重大な過失があったといわざるを得ない。

(2) 原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号前段の規定(財務会計職員としての違法な財務会計上の行為)に基づき、被告P1に対し、阪南市が同被告に有する損害賠償請求権を代位行使する。

(三) 被告P2の違法行為と責任

(1) 被告P2は、被告会社らが本件入札に当たって談合するに際し、これに積極的に関与していたもので、被告会社らと共謀して本件工事に関する談合行為を行ったものというべきであるから、被告会社らとともに阪南市に対する共同不法行為責任を負う。その事情は次のとおりである。

阪南市において従前から談合が構造的に行われ、これが常態化していたこと、右談合に当たっては、同市の職員が業者らに対して入札に関する情報を漏洩するなど、同市の職員や市議会議員と業者らとの間に癒着が生じており、いわば双方が馴れ合いの状態にあったことは公知の事実であるところ、本件入札においても、被告会社らの入札価格がいずれも予定価格と最低制限価格との間に納まっていて、しかも五〇〇万円刻みで並んでいるという不自然な事実(なお、これと同様の不自然な事実は、過去の入札においても認められた。)があるなど、談合が行われているものと認めるべき事情が存在していた。被告P2は、総務部長の職にある者として、公共工事が適正な価格及び内容のもとに実施されるよう指導監督すべき立場にあり、かつ、業者らの談合に関する右のような事情を認識していたか、又は認識し得たにもかかわらず、事前に何らの是正措置も施すことなく漫然と本件入札を実施し、市議会等において談合の疑いを指摘されたときでさえ、具体的な調査を行わないまま適法であると回答し、談合の事実を隠蔽しようとした。また、被告P2は、談合により決定された代金額で本件工事の請負契約を締結するに至らせ、しかも、右請負契約において禁止されている丸投げが業者間で行われていたことをも認識しながら、右請負契約を解除することもしなかった。このような事実に照らせば、被告P2が、本件入札に当たって行われた談合の事実を隠蔽し、談合により決定された業者に本件工事を実施させようとする意図を有していたことは明白であり、同被告の談合への積極的な関与(被告会社らとの共謀)が認められるものというべきである。

(2) 仮に被告P2が被告会社らと共謀して談合行為をしたとの事実が認められないとしても、被告P2は、少なくとも本件工事に関する談合の存在を知り得る立場にあったにもかかわらず、右談合を看過し、漫然と被告根来組との間で本件工事の請負契約を締結した。被告P2の右行為は、阪南市に対する債務不履行又は不法行為に当たる。

(3) 原告らは、被告P2に対し、主位的に地方自治法二四二条の二第一項四号後段の規定(右(1)の事実関係のもとでは、被告P2は財産の管理を怠る事実の相手方に当たる。)に基づき、予備的に同号前段の規定(財務会計職員としての違法な財務会計上の行為)に基づき、阪南市が同被告に有する損害賠償請求権を代位行使する。

4  阪南市の損害

(一) 主位的主張

公共工事の指名競争入札に当たり業者間で談合が行われた場合、一般的にみて、談合がなかった場合の公正な価格に比較し、落札価格は二〇パーセント以上高額になっているものと推測することができる。したがって、本件入札における被告根来組の落札価格一三億二〇〇〇万円の二〇パーセントに相当する二億六〇〇〇万円が、本件入札における談合により阪南市の被った損害となる。

(二) 第一次予備的主張

公共工事の指名競争入札に当たり業者間で談合がなかった場合には、通常は最低制限価格とほぼ同じ金額で落札されるものである。したがって、本件入札が談合によらない、いわゆる「叩き合い」の方法で行われていたとすれば、最低制限価格である一一億六九八一万六三二〇円(消費税相当額を含む。)が本件工事の請負代金額になっていたものと考えられるから、右金額と現実の本件工事の請負代金額である一三億五九六〇万円(消費税相当額を含む。)との差額である一億八九七八万三六〇〇円が、本件入札における談合により阪南市の被った損害であるということができる。

(三) 第二次予備的主張

本件工事の請負代金額は一三億五九六〇万円(消費税相当額を含む。)であり、被告根来組から本件工事を請け負った被告阪井組が本件工事に要した工事原価は一一億一五一六万九五六四円であるから、同被告の粗利益はこれらの差額である二億四四四三万〇四三六円となる。一方、仮に本件入札に当たり談合がなかったとした場合には、最低制限価格とほぼ同じ価格で落札されたものと考えられるから、本件工事の請負代金額は、最低制限価格である一一億六九八一万六〇〇〇円(消費税相当額を含む。)となり、右金額とこの場合に予想される被告阪井組の工事原価一〇億九四一一万〇八五八円(先の工事原価の九五パーセント相当額)との差額である七五七〇万五四六二円が同被告が得られたと想定される粗利益となる。そこで、本件工事による被告阪井組の現実の粗利益と談合がなかったと仮定した場合に想定される同被告の粗利益との差額である一億六八七二万四九七四円が、本件入札における談合により阪南市の被った損害に当たると考えられる。

(四) 第三次予備的主張

本件入札における談合の際には、予め落札価格の一・五パーセントに当たる二〇三九万四〇〇〇円が被告根来組の名義料として、同価格の六・五パーセントに当たる八五八〇万円が被告南建設、同北浦組、同泉州ブロック及び同池宮鉄工に対する談合調整配分金としてそれぞれ支払われることが合意されていた。したがって、少なくとも右金額の合計一億〇六一九万四〇〇〇円は、本件工事に不必要であったにもかかわらず、阪南市が負担する結果になったものであるから、本件入札における談合により同市が被った損害に当たるというべきである。

(五) なお、仮に本件において損害額の認定が極めて困難であるとしても、民訴法二四八条の規定により、裁判所は口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定すべきである。

5  住民監査請求

原告らは、平成九年五月一九日、阪南市監査委員に対し、本訴請求と同旨の住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行った。しかし、同監査委員は、同年七月一五日付で右請求を棄却した。

6  よって、原告らは、被告らに対し、連帯して二億六〇〇〇万円及びこれに対する平成九年八月一二日から支払済みまで年五パーセントの割合による遅延損害金を阪南市に支払うことを求める。

二  本案前の主張(被告P1、同P2及び同池宮鉄工)

1  監査請求期間の徒過(右被告三名の主張)

本件入札は平成七年三月二八日に実施され、同日、これに基づいて阪南市と被告根来組との間で本件工事の請負契約が締結され、その後飯の峯中学校の校舎が竣工し、最終決済金の支出がされたのは、平成八年三月二八日である。また、本件入札につき業者間の談合があったとの疑惑は、平成九年四月八日の読売新聞の夕刊において新聞報道されており、これによって、住民は本件入札における談合の存在を知ることができたものと認められる。しかるに、原告らが本件監査請求をしたのは、同年五月一九日であって、本件工事の請負契約締結及び最終決済金の支出から既に一年以上を経過した後のことであり、また、住民が本件入札における談合の存在を知ることができた日から四一日後のことである。

右によれば、本件監査請求は、地方自治法二四二条二項本文の定める期間の経過後にされたものであり、同項ただし書にいう「正当な理由」があるとも認められないから不適法であり、これに続く本件訴えも不適法なものとして却下されるべきである。

2  被告P2の権限の不存在(被告P2の主張)

阪南市の総務部長には、一件一三〇万円以上五〇〇万円未満の契約締結につき専決権限が与えられているにすぎず、本件のような、代金額が一三億円を超える請負契約を締結する権限も、その請負代金を支出する権限も与えられていない。したがって、総務部長は、地方自治法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」には該当せず、被告P2に対する予備的請求に係る訴えは却下されるべきである。

3  監査請求の不前置(被告池宮鉄工の主張)

原告らの本件監査請求は、阪南市の市長である被告P1による本件工事の請負契約締結を対象としていたのであり、本件訴訟における被告池宮鉄工に対する請求とはその対象者及び請求内容を異にするものである。よって、同被告に対する本件訴えは、適法な住民監査請求の前置の要件を欠くものであって不適法である。

4  被告適格の不存在(被告池宮鉄工の主張)

地方自治法二四二条の二第一項四号後段にいう財産の管理を怠る事実の相手方とは、財産の管理を怠る事実により、あるいは右怠る事実に関して発生した請求権に係る履行義務者をいうと解されるところ、原告らの主張する不法行為による損害賠償請求権は、財産の管理を怠る事実に直接起因するものとはいい難く、被告池宮鉄工は、損害賠償請求の相手方とはなり得ない。

三  本案前の主張に対する原告らの反論

1  監査請求期間徒過の主張について

地方自治法二四二条二項ただし書によれば、監査請求期間を徒過したことにつき「正当な理由」がある場合には、一年という監査請求期間制限の適用が排除されているところ、財務会計上の行為が秘密裡にされた場合においては、右の「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁判所昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・裁判集民事一五四号五七頁参照)。

ところで、本件入札における談合は、住民に隠れて秘密裡にされたものであり、住民は、平成九年五月七日の新聞報道がされるまでは、相当の注意力をもつて調査したとしても右談合の事実を知ることはできなかったから、同月一九日に原告らがした本件監査請求は、当該行為を知ることができた時から相当な期間内にされたものということができる。なお、右の点に関し、被告P1及び同P2は、本件入札につき業者間の談合があったとの疑惑は平成九年四月八日の読売新聞の夕刊において新聞報道されていると主張する。しかしながら、右の記事においては、談合に参加した業者は匿名にされている上、談合調整金の配分を受けたとされる業者はいずれも右金員受領の事実を否定した旨報じられているのであって、このように不確かな新聞報道のみをもって、住民が談合の事実を知り得たものということはできない。また、仮に右新聞報道により住民が談合の事実を知り得たものと認められるとしても、本件の事案が複雑であることにも照らすと、右報道から四一日後にされた本件監査請求は、当該行為を知ることができた時から相当な期間内にされたものということができる。

2  監査請求不前置の主張について

住民監査請求の対象と住民訴訟の対象は、実質的に同一であれば足りるものと解するのが相当であるところ、本件訴えは、その請求内容が本件監査請求の内容と実質的に異なるものではないから、適法な監査請求を経たものというべきである。

四  被告P1及び同P2の請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)、(二)の事実は認める。

(二)  同1(三)の事実のうち、被告P2が平成七年三月末日まで阪南市の総務部長の職にあったこと(ただし、同被告が総務部長に就任したのは平成二年四月である。)、同被告が本件工事の請負契約を締結するための事務を担当していたことは認める。

(三)  同1(四)の事実のうち、被告会社らが本件入札に参加したことは認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実は知らない。

(二)  同3(二)の事実のうち、被告P1が阪南市の市長として請負契約の締結権限を有していることは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。被告P1は、被告会社らによる談合の事実を知らなかったし、これを知り得る立場にもなかった。

(三)  同3(三)は争う。被告P2は、被告会社らによる談合に積極的に関与したことはないし、右談合を知り得る立場にもなかった。

4  同4については、被告P1及び同P2の違法行為等により阪南市が損害を被ったことは争う。

5  同5の事実は認める。

五  被告根来組、同南建設、同北浦組及び同泉州ブロックの請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)の事実のうち、本件入札に当たって被告会社らが談合を行ったこと、被告根来組が、阪南市から支払を受けた請負代金の中から名義料として約二〇〇〇万円を取得し、右金員及び被告南建設ほか三社への談合調整配分金を控除した金額を被告阪井組に交付したこと、本件工事の大半を被告阪井組が実施したことは認めるが、その主張は争う。

4  同4は争う。

5  同5の事実は知らない。

六  被告阪井組の請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は知らない。

(二)  同1(二)の事実は認める。

(三)  同1(三)の事実は知らない。

(四)  同1(四)の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)の事実のうち、本件入札に当たって被告会社らが談合を行ったこと、被告根来組が本件工事の請負代金の中から約二〇〇〇万円を取得したこと、被告阪井組が被告根来組から本件工事を請け負い、これを完成させたことは認めるが、その主張は争う。なお、被告阪井組が被告根来組から請け負った本件工事の代金額は、一三億二九四九万七二五〇円であった。

4  同4は争う。

なお、被告根来組が取得した約二〇〇〇万円という金員は、同被告が本件工事に要する経費を概算した金額であり、被告南建設、同北浦組、同泉州ブロック及び同池宮鉄工に支払われた配分金は、本件工事の原価とは無関係に被告阪井組の負担において支払われたものであるから、いずれも阪南市の損害には当たらない。

5  同5の事実は知らない。

七  被告池宮鉄工の請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は知らない。

(二)  同1(四)の事実のうち、被告池宮鉄工が肩書地に本店を有する建設会社であり、本件入札に参加したことは認める。

2  同2の事実のうち、被告根来組が本件工事を一三億二〇〇〇万円で落札したことは認める。

3  同3(一)の事実のうち、本件入札に当たって被告会社らが談合を行ったことは認めるが、その余は知らない。また、被告池宮鉄工が損害賠償義務を負うとの主張は争う。

4  同4は争う。

5  同5の事実は知らない。

八  被告根来組、同南建設、同北浦組及び同泉州ブロックの主張

1  阪南市の市長である被告P1及び同市の担当者らは、本件入札における談合の事実を単に知っていただけでなく、具体的に右談合を容認し、かつ推進してきたものである。このように、不法行為の被害者であるはずの同市自らが、加害者であるべき被告会社らの行為を容認し、推進している以上、被告会社らによる談合行為は違法性が失われるものというべきである。したがって、被告会社らの談合行為は阪南市に対する不法行為とはならない。

また、仮に本件入札に当たっての被告会社らによる談合行為が阪南市に対する不法行為に当たるとしても、同市の側に損害の発生及び拡大を未然に防止しようとする意思が欠如していた以上、過失相殺により損害賠償額を大幅に減額すべきである。

2  被告根来組は九九九万九四六一円、同南建設は二四九万九〇六〇円、同泉州ブロックは一九九万九八九二円、同北浦組は九九万九四〇九円を、それぞれ阪南市のため大阪法務局岸和田支局に供託していたところ、同市はこれらの供託金の還付を受けた。よって、これらの各金員は同市の損害に充当されるべきである。また、被告根来組が取得した名義料は、すべて本件工事の受注者として必要な経費(契約印紙代、前受金保証料、建設業退職年金保険料、労災保険料、工事保険料)に使用したものであるから、これも同市の損害額から控除されるべきである。

九  被告阪井組の主張

1  被告阪井組は、平成八年一〇月二二日、大阪地方裁判所岸和田支部に和議手続開始を申し立て、平成九年七月一八日、同裁判所から和議手続開始の決定を受け、同年一一月には和議認可決定を受けて同決定は確定した。原告らが本件訴訟において請求している債権は、その存否はともかく、和議開始前の原因に基づくものであるから、和議債権として行使されるべきものである。なお、認可された和議条件は、和議債権のうち八〇パーセントの免除を受け、残りの二〇パーセントを平成一〇年七月から一〇年間にわたり支払うというものである。

2  被告阪井組が被告根来組から請け負った本件工事の代金額は、一三億二九四九万七二五〇円であり、他方、被告阪井組が本件工事に要した直接の工費は、合計一二億二六七五万九七六八円である。また、同被告において本件工事のために要したと考えられる本社経費は、受注額の約一〇パーセントに相当する一億三〇〇〇万円であると推定される。

そうすると、被告阪井組は、本件工事のため、被告根来組からの受注額を上回る約一三億五〇〇〇万円を支出したことになり、本件工事は単体工事としては赤字であったことになる。このように、本件工事の原価が請負代金額を上回っている以上、発注者である阪南市に損害は生じなかったというべきである。

一〇  被告池宮鉄工の主張

1  本件工事の請負契約は、阪南市と被告根来組との間で有効に締結されたものである。したがって、同被告が同市に対して不当利得返還義務を負うことは別として、被告池宮鉄工が同市に対して損害賠償義務を負うことはない。また、仮に右請負契約が無効であるとしても、そのことによる清算は、あくまで同市と被告根来組との間で行われるべき事柄であって、被告池宮鉄工が、関与すべきことではない。

2  仮に被告池宮鉄工が阪南市に対して損害賠償義務を負うとしても、同市の被った損害の全部について他の被告会社らとともに連帯責任を負うものと解するのは相当でない。すなわち、一般の不法行為においては、行為者は自ら原因を与えた限度で責任を負うのが原則であり、加害者らの連帯責任を定める民法七一九条一項の共同不法行為の場合にも、加害者及び各加害者による加害の程度(共同不法行為への関与の度合い)を特定することができる以上、右加害の程度を超えてまで連帯して損害賠償義務を負うものと解すべき根拠は存在しないところ、被告池宮鉄工は、本件工事の談合において重要な役割を果たしていない上、不正な利益も得ていないことからすると、同被告の加害の程度は大きくなく、同被告が阪南市の被った損害の全部につき連帯責任を負うものとすることは、公平に反する結果を招くからである。

3  本件においては、指名競争入札業者による公正な競争入札が行われた場合に形成されるであろう落札価格と被告根来組が現実に落札した価格との差額に相当する金額が阪南市の被った損害額であることは一応想定されるものの、現実には公正な競争入札は行われなかったわけであるから、これにより形成される落札価格というものは存在せず、阪南市が現実に被った損害の額は不明であるというほかはない。ちなみに、本件工事に関し、同市が個々の経費等の積算に基づいて設定した設計金額は一三億三六一七万円(消費税相当額を除く。)であり、これをもとに被告P1が「歩切計算書」(設計金額からの減額割合と減額後の金額を記載した対照表)により算出した本件入札の予定価格は一三億二二八〇万八〇〇〇円(消費税相当額を除く。)であって、これらはいずれも被告根来組の落札価格を上回っているから、同市に現実の損害は発生していないといわざるを得ない。また、被告池宮鉄工らが取得したとされる談合調整配分金についても、阪南市に現実に生じた損害との因果関係が明確でない以上、右配分金相当額が同市の損害に当たるということはできないし、右配分金相当額をもって直ちに同市の損害に当たるとすることは、本件工事を現実に施行した被告阪井組の損益を無視する結果につながるもので相当でない。

なお、被告池宮鉄工は、当初、同被告が本件入札に関する談合によって得た利益は四〇四万円にすぎないと主張していたが、右の四〇四万円は、本件入札も含め、阪南市が発注した工事について被告会社らが行った一連の談合行為のうち、飯の峯屋内運動場新築工事及び阪南市総合体育館改修工事に関して被告池宮鉄工が受領した金員の合計額であり、本件入札に関して同被告が利益を得た事実はない。したがって、被告池宮鉄工には、本件入札に関し、阪南市に対して返還すべき不正な利得はない。

4  過失相殺

阪南市においては、本件入札を実施するに当たって談合を回避・防止するための態勢に不備があったというべきであり、そのことが原因で被告会社らによる談合を招いたものというべきである。右の事情は、過失相殺として考慮されるべきである。

二 被告会社らの右主張に対する原告らの認否、反論

1  被告池宮鉄工は、当初、本件入札に関する談合によって四〇四万円の利益を得た旨主張していたにもかかわらず、のちに、右金員は飯の峯屋内運動場新築工事及び阪南市総合体育館改修工事に関して受領したもので、同被告が本件入札に関して利益を得た事実はない旨主張するに至ったが、右主張の変更は自白の撤回に当たる。原告らは、右撤回に異議がある。

2  被告根来組と被告阪井組との間における本件工事の請負代金額については知らない。

3  過失相殺に関する主張は争う。被告P1及び同P2ら阪南市の担当者に本件入札における談合につき責任があることは、同市自体に過失があったことを意味するものではなく、本件において、過失相殺の適用により被告会社らの賠償額を減額すべきであるということはできない。

三 被告根来組、同南建設、同北浦組及び同泉州ブロックの前記主張に対する阪南市の認否

被告根来組、同南建設、同泉州ブロック及び同北浦組が合計一五四九万七八二二円を阪南市のために供託したこと、同市が右供託金の還付を受けたことは認める。すなわち、右被告らは平成九年一二月二五日、本件工事に当たっての談合による不当利得返還金として、合計一五四九万七八二二円を阪南市のため大阪法務局岸和田支局に供託していたところ、同市は平成一〇年三月三日、右金員の還付を受けたものである。なお、右金員については、本件において原告らが主張する損害の一部に充当する予定である。

理由

一  本案前の主張1(被告P1、同P2及び同池宮鉄工による監査請求期間の徒過の主張)について

1  本件監査請求が監査請求期間経過後にされたものであるか否かについて

(一)  原告らが平成九年五月一九日、阪南市監査委員に対して本訴請求と同旨の請求を内容とする本件監査請求を行ったこと(請求原因5の事実)は、被告P1及び同P2との間で争いがなく、その余の被告らとの間においても、甲第一号証の1及び弁論の全趣旨により認めることができるところ、被告P1、同P2及び同池宮鉄工は、本件監査請求は、阪南市と被告根来組との間における本件工事の請負契約の締結(平成七年三月二八日)及び右請負契約に基づく代金の支払完了(平成八年三月二八日)から既に一年以上経過した後に行われたものであるから、地方自治法二四二条二項の規定に照らして不適法なものであると主張する。

(二)  まず、原告らが阪南市に代わって代位行使する同市の被告P1及び同P2に対する損害賠償請求権(もっとも、被告P2については予備的主張である。)が発生するための請求原因事実として主張する内容は、本件工事の請負契約という財務会計上の行為(支出負担行為)を行った阪南市の長、職員たる右被告両名が、本件入札に当たり被告会社らが談合していた事実を認識していたか、少なくとも右事実を認識し得たにもかかわらず、被告根来組との間で漫然と本件工事の請負契約を締結したことにより、阪南市に損害を与えたというものであるから、本件における監査請求期間は、「当該行為」である本件工事の請負契約締結の日を基準に判断されるべきである。

(三)  次に、原告らは、本件において、阪南市が同市の被告会社らに対して有する損害賠償請求権の行使を怠っているとして、財産の管理を怠る事実の相手方である被告会社らに対し(被告根来組については本件工事の請負契約の相手方でもある。)、阪南市の有する損害賠償請求権を代位行使するものであるが、右損害賠償請求権が発生するための請求原因事実として原告らが主張する内容は、被告会社ら(原告らの主位的な主張としては、被告P2をも含む。)が本件入札に当たって談合という共同不法行為を行ったことにより、右談合がなかったとした場合の落札価格を上回る価格で被告根来組が本件工事を落札し、その結果、阪南市と同被告との間において、右談合がなかったならば形成されていたであろう代金額を上回る代金額で本件工事の請負契約が締結されたため、右代金額の支払義務を負担した同市は本件工事に関し、右談合がなかったとした場合に負担すべき金額を上回る代金の支出を余儀なくされ、右差額に相当する損害を被ったというものであり、同市の財務会計行為を担当する職員の故意、過失を問うものではない。原告らの右主張内容によれば、本件工事の請負契約締結及びこれに基づく阪南市による本件工事代金の支払が、原告らにおいて代位行使しようとしている損害賠償請求権の発生原因事実となっていることは明らかであり、また、本件工事の請負契約が私法上無効とはいえない場合には、右請負契約の履行として行われる代金の支払についての支出命令及び支出自体は、これを違法ということはできないところ(最高裁判所昭和六二年五月一九日第三小法廷判決・民集四一巻四号六八七頁)、原告らは本件において、右請負契約の無効を主張しているわけではないから、右支出命令及び支出自体の違法を主張するものではないことが明らかである。そうすると、結局のところ、原告らが本件において代位行使しようとしている被告会社らに対する損害賠償請求権は、本件工事の請負契約の締結が次に述べるとおり客観的に違法であることをその不可欠な発生原因事実とするものと解することができる。

すなわち、地方自治法二三二条一項、二条一三項、地方財政法四条の各規定によれば、地方公共団体は、その事務を処理するために必要な経費を支出するが、右事務処理に当たっては最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならないのであって、目的を達成するための必要かつ最少の限度を超えて経費を支出してはならないものとされており、これらの規定に照らせば、地方公共団体が適正な金額を上回る代金額をもって締結した請負契約は、地方公共団体の事務を処理するために必要な経費を超える金額で締結されたものであるから、右契約締結に関する財務会計上の行為(支出負担行為)は、財務会計上の規範に照らして客観的に違法というべきであり、右違法性の判断に当たっては、当該財務会計行為に関与した職員の故意、過失等主観的要素を考慮すべきものではない。そして、右のような請負契約締結の事実があつた場合には、法令上の行為義務違反という客観的法的判断になじむ事項であるから、直ちに、当該地方公共団体の住民は、右契約上の代金額が適正な金額を上回ることを指摘し、右契約の是正又は損害補填のために必要な措置を求めて住民監査請求をすることが可能となる。

したがって、本件監査請求は、客観的に、支出負担行為(本件工事の請負契約の締結)が違法であることに基づいて発生した損害を補填するために必要な是正措置の一つとして、その違法の原因を作出した被告会社らに対する損害賠償請求権の行使を求めるものということができるのであって、これが「怠る事実」に対する住民監査請求であるとしても、その監査請求期間は、本件工事の請負契約締結の時を基準として判断されるべきものである。

(四)  右に説示したところからすると、本件における監査請求期間は、本件工事の請負契約が締結された平成七年三月二八日(右契約締結の事実は、原告らと被告池宮鉄工を除く被告らとの間で争いがなく、被告池宮鉄工においても明らかに争わない。)を基準として判断するのが相当であるから、原告らが平成九年五月一九日にした本件監査請求は、地方自治法二四二条二項本文に定める監査請求期間を経過した後にされたものであることになる。

2  地方自治法二四二条二項ただし書に定める「正当な理由」が存するか否かについて

(一)  住民監査請求の対象となるべき財務会計上の行為が地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされた場合において、住民が相当の注意力をもって調査したときに、客観的にみて当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたと認められるときは、同項ただし書に定める「正当な理由」が存するものとして、当該監査請求は適法にされたものと解することができる(最高裁判所昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・裁判集民事一五四号五七頁)。そして、財務会計行為そのものが住民に隠れて秘密裡にされたものでない場合であっても、当該行為の違法性、不当性を基礎付ける事実がことさらに隠蔽されているときは、右の「正当な理由」の存否を判断するに当たり、当該行為が住民に隠れて秘密裡にされた場合と同視し、住民が相当の注意力をもって調査したときに、客観的にみて当該行為の違法性、不当性を基礎付ける事実を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたと認められるときは、右の「正当な理由」が存するものと解するのが相当である(大阪高等裁判所平成三年五月二三日判決・行裁集四二巻五号六六七頁)。なぜなら、当該行為の違法性、不当性を基礎付ける事実がことさらに隠蔽されている場合には、当該行為そのものは外観上正当な行為であるかのように偽装されているのであるから、当該行為の存在を端緒として住民がその違法性、不当性を知ることは、特段の事情がない限り不可能であるといわざるを得ないのであって、それにもかかわらず、当該行為があった日から一年を経過したときは、もはや監査請求をすることができないと解することは、地方自治法が住民監査請求の制度を設けた趣旨を著しく損なうものといわざるを得ないからである。

(二)  そこで、右の見地から本件について検討する。

原告らの主張によれば、本件工事の請負契約の違法性を基礎付ける事実は被告会社らによる談合行為であり、右行為はその性質上、住民に隠れて秘密裡にされていることが明らかというべきである。

甲第一号証の2、3及び弁論の全趣旨によれば、被告会社らの代表者ら(当時)は、平成九年五月七日、本件入札に当たって談合を行ったとの被疑事実により、大阪地方検察庁特捜部に競売入札妨害罪で逮捕され、同日付の夕刊において、その旨の新聞報道がされたことが認められるから、原告らを含む阪南市の住民は、右の時期には、本件工事の請負代金額が被告会社らの談合による金額を基礎として決定されたもので、違法、不当に高額になっているのではないかとの疑いを抱くに足りる事実を知り得たものと認めることができ、他方、右の時期より前に、住民が相当の注意力をもって調査したときに、客観的にみて本件入札における談合行為の存在を知ることができたものと認めるに足りる証拠はない。この点に関し、被告P1、同P2及び同池宮鉄工は、本件入札につき業者間の談合があったとの疑惑は同年四月八日の読売新聞の夕刊において新聞報道されており、これによって、住民は本件入札における談合の存在を知ることができた旨主張するけれども、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告らは、本件工事の請負代金額が被告会社らの談合による金額を基礎として決定されたもので、違法、不当に高額になっているのではないかとの疑いを抱くに足りる事実を知り得た時期から約一二日後に本件監査請求をしたものであり、右は、客観的にみて住民が当該行為の違法性、不当性を基礎付ける事実を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をした場合に当たると認められる(なお、本件工事の請負契約が締結された時期を基準にしても、本件監査請求は約二年二か月後にされているところ、右期間が財務会計行為の法的安定性を害するほど不当に長いとまでいうことはできない。また、仮に被告P1、同P2及び同池宮鉄工が主張する平成九年四月八日ころを基準にしたとしても、その時期から約四〇日後にされた本件監査請求は、客観的にみて住民が当該行為の違法性、不当性を基礎付ける事実を知ることができたと解される時から相当な期間内にされたものと認めるのが相当である。)。

(三)  以上によれば、本件監査請求については、地方自治法二四二条二項ただし書所定の「正当な理由」が存するものと認められる。

3  よって、本件監査請求は適法にされたものというべきであり、被告P1、同P2及び同池宮鉄工の本案前の主張1は採用することができない。

二  本案前の主張3(被告池宮鉄工による監査請求の不前置の主張)について

被告池宮鉄工は、本件監査請求は被告P1による本件工事の請負契約の締結を対象としていたもので、本件訴訟における被告池宮鉄工に対する請求とはその対象者及び請求内容を異にするものであるとして、同被告に対する本件訴えは、適法な住民監査請求の前置の要件を欠いており不適法であると主張する。

住民訴訟においては、その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求を経ていると認められる限り、監査請求において求められた具体的措置の相手方とは異なる者を相手方として右措置の内容と異なる請求をすることも許されると解すべきであり、右請求の内容及びその相手方が異なるからといって、監査請求前置の要件に欠けるということはできない(最高裁判所平成一〇年七月三日第二小法廷判決一裁判集民事一八九号一頁)。

これを本件についてみると、甲第一号証の1によれば、原告らは本件監査請求において、本件工事の請負契約の締結を財務会計上の行為として明示した上、右請負契約の前提となった本件入札において入札参加業者らによる談合行為が存在したから、右契約は違法であると主張し、右談合を行った業者らに対し請負代金の全部又は一部を返還させることなどの措置を講ずべき旨を求めたことが認められ、一方、原告らの本訴請求は、既に説示したとおり、本件工事の請負契約が被告会社らの談合に基づき適正な金額を上回る代金額をもって締結された点において違法であることなどを請求原因として、被告らに対し、阪南市の損害賠償請求権を代位行使するものであって、これらの事実によれば、本件監査請求と本訴請求とは、本件工事の請負契約を違法な財務会計行為として主張する点において同一性を有していることが明らかである。

そうすると、被告らを相手方とする本件訴えは、監査請求前置の要件に欠けるところがないというべきであり、被告池宮鉄工の前記主張は採用することができない。

三  本案前の主張4(被告池宮鉄工による被告適格の不存在の主張)について

地方自治法二四二条の二第一項四号後段の請求に係る訴えは、地方公共団体が違法な財務会計上の行為又は怠る事実に係る相手方に対し、実体法上同号所定の請求権を有するにもかかわらず、これを積極的に行使しようとしない場合に、住民が地方公共団体に代位し右請求権に基づいて提起するものであり(最高裁判所昭和五〇年五月二七日第三小法廷判決・裁判集民事一一五号一五頁)、右請求に係る訴訟の原告である住民において、地方公共団体が実体法上同号所定の請求権を有するにもかかわらず、これを積極的に行使しようとしない旨主張している場合には、右請求権は地方公共団体の財産に当たるから、右請求権の相手方は、財産の管理を怠る事実の相手方として右訴訟の被告適格を有するものと解すべきである。これを本件についてみると、原告らは、阪南市が被告池宮鉄工を含む被告会社らに対して不法行為による損害賠償請求権を有する旨主張しているのであるから、被告池宮鉄工を含む被告会社らは、財産の管理を怠る事実に係る相手方として、本件訴訟の被告適格を有するものと解することができる。

よって、この点に関する被告池宮鉄工の主張は、採用することができない。

四  当事者、本件入札及び本件工事の請負契約等について

1  当事者

(一)  請求原因1(一)の事実は、被告阪井組及び同池宮鉄工を除くその余の被告らとの間で争いがなく、被告阪井組及び同池宮鉄工との間においても弁論の全趣旨により認めることができる。

(二)  同1(二)の事実は、被告池宮鉄工を除くその余の被告らとの間で争いがなく、被告池宮鉄工においても明らかに争わない。

(三)  同1(三)の事実のうち、被告P2が本件入札及び本件工事の請負契約締結当時阪南市の総務部長の職にあり、本件工事の請負契約を締結するための事務を担当していたことは、被告阪井組及び同池宮鉄工を除くその余の被告らとの間で争いがなく、被告池宮鉄工においては明らかに争わず、被告阪井組との間においても弁論の全趣旨により認めることができる。

(四)  同1(四)の事実は、被告らとの間で争いがないか、少なくとも被告らにおいて明らかに争わない。

2  本件入札及び本件工事の請負契約等

請求原因2の事実は、被告池宮鉄工を除くその余の被告らとの間で争いがない。また、被告池宮鉄工との間においても、右事実のうち被告根来組が本件工事を一三億二〇〇〇万円で落札したことは争いがなく、その余の点も同被告において明らかに争わない。

五  被告会社らの違法行為と責任について

1  請求原因3(一)の事実のうち、本件工事に当たって被告会社らが談合を行ったことは、被告会社らとの間で争いがなく、右談合に至る経緯、談合の内容及びその後の事情等に関し、甲第一七ないし三八号証、第四三号証、丁第一号証、戊第三号証及び乙第三、四号証、第七号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  阪南市においては、従来から、公共工事をその工事価格に応じて上からA、B、Cのランクに分けるとともに、会社の規模や工事実績等をもとにして公共工事を発注する業者を上からA、B、Cにランク付けしており、各ランクに属する工事を発注する際には、これに対応するランクに属する業者の中から入札参加業者を指名するという方法が採られていた。そして、建築工事部門では被告会社ら六社のみが発注工事の価格が最も高いAランク業者に指定されていたため、Aランクの工事の入札においては、同市から入札参加業者に指名された被告会社らが入札実施前に談合する場をもつことにより、その中で落札業者を決めるという方法が一般化していた。また、被告会社らも含め、同市内の建設業者らの多くは、「阪南会」、「阪南研究会」という名称の実質上の談合組織に加入しており、阪南市においては、公共工事の入札に際して建設業者らの談合が恒常的に行われていた。

(二)  本件工事は、関西国際空港関連施設整備事業の一環として、阪南市箱作地内に「阪南スカイタウン」という名称で市街地を造成するのに伴い、同市街地内に中学校を建設しようとするものであった。

阪南市の市長である被告P1は、平成七年三月九日、本件工事の実施について決裁し、同市の建設工事請負業者指名委員会(委員長は同市の助役)において、同日、被告会社ら六社が入札参加業者に指名された上、同月二八日に本件入札が実施されることになった。また、本件工事に要する経費の積算等の結果、本件工事の設計金額は一三億三六一七万円(消費税相当額を除く。)と算出され、この額を踏まえ、被告P1は、本件入札の予定価格を一三億二二八〇万八〇〇〇円(右同)、最低制限価格を一一億三五七四万四〇〇〇円(右同)と決定した。

なお、本件工事の設計金額は、右のとおり一三億三六一七万円であり、一方、同市の内規上、地元の建設業者のみに対して発注する建築工事は価格が六億円未満のものと定められていたため、右内規に従えば、本件工事は本来、地元以外の建設業者を発注対象とすべき工事であったが、地元の建設業者らで組織する阪南建設業協同組合の理事長らから、本件工事を地元の業者に発注してほしい旨の強い要請があったため、被告P1の決裁により、Aランクに属する被告会社ら六社が本件工事の入札参加業者として指名されることになった。

(三)  本件工事の入札参加業者の指名を受けた被告会社らは、同月一五日ころ、被告南建設の代表者をまとめ役として協議した結果、被告根来組と同阪井組のいずれかを本件工事の落札業者とし、他の四社は談合調整金の配分を受けるのみで、本件工事を落札しないこと、被告根来組と同阪井組のいずれが落札するかは、右両被告の協議で定めることを決め、右談合調整配分金の額は、その後の被告会社らの協議により、落札価格の六・五パーセントとすることとなった。

その一方で、被告根来組と同阪井組との間の交渉の結果、本件工事は被告根来組が落札すること、しかし、現実の工事は、被告根来組から請け負う形で被告阪井組が実施すること、被告根来組は落札価格の一・五パーセント相当額を名義料として取得することが決まった。

(四)  被告会社らの間におけるこのような交渉のかたわら、被告根来組及び同阪井組においては、同月二〇目ころ、被告阪井組代表者の親戚で当時阪南市の建築管理課課長代理であったP3から、本件工事の設計金額が前記のとおり一三億三六一七万円(消費税相当額を除く。)であるとの情報を入手し、右金額をもとに本件入札の予定価格及び最低制限価格を割り出した。その上で、被告根来組が本件工事を落札できるよう、これらの価格を基準として各社が本件入札において記載する入札価格が決められた。

(五)  本件入札は、同月二八日に実施され、被告根来組が一三億二〇〇〇万円、被告阪井組が一三億二五〇〇万円、被告池宮鉄工が一三億三〇〇〇万円、被告泉州ブロックが一三億三五〇〇万円、被告北浦組が一三億四〇〇〇万円、被告南建設が一三億四五〇〇万円の各金額で入札した。その結果、被告根来組が一三億二〇〇〇万円で本件工事を落札した。

(六)  本件入札の結果、被告根来組は、同月二八日、阪南市との間、代金を一三億五九六〇万円(消費税相当額三九六〇万円を含む。)とする約定のもとに本件工事の請負契約を締結した。その上で、被告根来組は、被告阪井組との間で事前に合意したとおり、右代金の中から自己の名義料として二〇三九万四〇〇〇円(右代金額の一・五パーセント相当額)を取得し、更に被告南建設、同北浦組、同泉州ブロック及び同池宮鉄工の四社に談合調整金として配分するための八五八〇万円を控除し、その残額(一二億五三四〇万六〇〇〇円)を代金額として、本件工事の全部を被告阪井組に発注した(被告根来組が名義料として約二〇〇〇万円を取得したこと、同被告が被告阪井組に本件工事を発注したことは、被告根来組、同南建設、同北浦組、同泉州ブロック及び同阪井組との間で争いがない。)。

(七)  被告阪井組は、平成八年三月、本件工事を完成させ、これを阪南市に引き渡した(本件工事を被告阪井組が完成させたことは、被告根来組、同南建設、同北浦組、同泉州ブロック及び同阪井組との間で争いがない。)。

2  右認定事実によれば、被告会社らは、本件入札に当たり、互いに通謀の上、予め入札価格を調整することにより、被告根来組をして阪南市との間に本件工事の請負契約を締結させることを目的として談合し、もって入札の公正を害する行為をしたものであり、右のような行為は、刑法上の犯罪行為にも該当する違法なものである。よって、被告会社らは、民法七一九条一項の規定に基づき、阪南市が右談合により被った損害の全部につき連帯して賠償すべき責任を負うものというべきである。

3  被告根来組、同南建設、同北浦組及び同泉州ブロックは、右の点に関し、阪南市の市長である被告P1及び同市の担当者らは、本件入札における被告会社らの談合を容認し、かつ推進してきたものであり、そうである以上、被告会社らによる談合行為は違法性が失われる旨主張する。

しかしながら、後記六、七において説示するとおり、被告P1ほか阪南市の担当者らが本件入札における被告会社らの談合を容認し、あるいは推進してきたような事実は証拠上認めるに足りず、また、仮にそのような事実があったしても、そのことは、阪南市の担当者らがその権限を濫用して同市の利益に反する行為を行ったものというべきであって、このような場合には、右担当者らの行為を同市自身の行為と同一視することはできないから、右担当者らが被告会社らとともに同市に対して損害賠償義務を負うことはあっても、同市自らが被告会社らの談合行為を容認し、あるいは推進しているものとして、被告会社らの談合行為の違法性が失われるものとみるのは相当でない。

よって、いずれにしても右主張は採用することができない。

4  また、被告池宮鉄工は、本件工事の請負契約は阪南市と被告根来組との間で有効に締結されたものであることを理由に、被告池宮鉄工が同市に対して損害賠償義務を負うことはない旨主張する。しかしながら、被告池宮鉄工が、他の被告会社らと通謀の上本件入札における違法な談合に加わっていた以上、同被告は、不法行為に関する規定に基づき、右談合により阪南市が被った損害を賠償すべき義務を負うものであって、そのことは本件工事の請負契約の効力如何に関わらないというべきであるから、右主張は失当である。

5  更に、被告池宮鉄工は、同被告が本件工事の談合において果たした役割等に照らすと、阪南市の被った損害の全部につき同被告が他の被告会社らと連帯して賠償責任を負うものとすることは相当でない旨主張する。

しかしながら、

(一)  民法七一九条一項の規定によれば、本件のように、被告会社らが意思を相通じ、入札の公正を害する目的をもって談合した場合においては、原則として、被告会社らの全てが右談合と相当因果関係のある損害の全部につき連帯して賠償義務を負うと解すべきものである。

(二)  本件工事を落札した被告根来組を除くその余の被告会社らも、談合に加わっている以上、談合の結果として、阪南市が被告根来組との間で本件工事の請負契約を締結することになり、同被告の落札価格に基づいて決められる請負代金を支払うことを余儀なくされるとの事実を予見し、又は予見することができたものと認められること、被告会社らのうちいずれか一社が欠けても談合の目的は達せられないのであるから、被告会社ら各自が談合において果たした役割に優劣は付け難いことをも考慮すると、被告池宮鉄工が談合に加わったことと右談合により阪南市に生ずる損害との間に相当因果関係が認められ、かつ、同被告の加害の程度が他の被告会社らに比べて大きくないとはいえないというべきである。したがって、本件において、被告池宮鉄工の賠償義務の範囲を特に限定すべき事情は見出し得ない。

以上のとおりであるから、被告池宮鉄工の前記主張は失当というべきである。

六  被告P1の違法行為と責任について

1  請求原因3(二)の事実のうち、被告P1が阪南市の市長として請負契約の締結権限を有していることは、同被告との間で争いがない。

2  そこで、本件工事の請負契約締結の前提となった本件入札に当たり被告会社らによる談合行為があったことに関する被告P1の認識ないし認識可能性につき検討する。

阪南市において公共工事を発注する際、業者らによる談合が恒常的に行われていたことは、前記五1(一)で認定したとおりであり、また、甲第一七ないし三八号証、第四三号証、戊第三号証及び乙第三、四号証、第七号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  阪南市においては、建設業者らが阪南建設業協同組合を組織しており、毎年一回同組合の総会が開催されるが、右総会の終了後、阪南市の担当職員らが右開催場所へ出向き、同市において発注を予定している公共工事の件数、内容等につき出席している業者らに説明することが慣行となっていた。

(二)  本件入札当時、阪南市の内規上、地元の建設業者のみに対して発注する建築工事は価格が六億円未満のものと定められていたため、本件工事(設計金額が一三億三六一七万円)は、右内規に従えば、本来地元以外の建設業者に発注すべき工事であった。しかし、被告P1は、地元の建設業者らで組織する阪南建設業協同組合の理事長らからの、本件工事を地元の業者に発注してほしい旨の強い要請を受けて、本件工事を地元の建設業者に発注することを決め、同市のランク付けにおいて最上位のAランクに属する被告会社ら六社を入札参加業者として指名した。

(三)  当時阪南市の建築管理課課長代理であったP3は、本件入札直前の平成七年三月二〇日ごろ、被告根来組の常務取締役であったP5及び被告阪井組の代表取締役であったP4に対し、本来秘密であるべき本件工事の設計金額(一三億三六一七万円)を漏洩し、これにより被告会社らが本件入札に当たって談合することを容易にした。

(四)  被告阪井組の代表取締役であったP4は、本件入札の予定価格を確実に予想することで被告根来組が本件工事を落札するのを容易にするため、本件入札当日、被告P1に電話をかけて、「今日の入札の歩切りは、一パーセントにしといてくれよ。」と告げ、本件工事の設計金額を基準にして同被告が本件入札の予定価格を算出・決定する際の歩切り率(減額割合)を一パーセントにしてほしい旨依頼した。一方、被告P1が決定した本件工事の予定価格は一三億二二八〇万八〇〇〇円であり、設計金額からの歩切り率は、ほぼ一パーセントであって、P4からの右依頼内容と合致していた。

(五)  被告会社らは、本件入札において、被告根来組が一三億二〇〇〇万円、被告阪井組が一三億二五〇〇万円、被告池宮鉄工が一三億三〇〇〇万円、被告泉州ブロックが一三億三五〇〇万円、被告北浦組が一三億四〇〇〇万円、被告南建設が一三億四五〇〇万円と五〇〇万円刻みの金額で入札し(予定価格の一三億二二八〇万八〇〇〇円を下回っていたのは、被告根来組のみであった。)、その結果、被告根来組が一三億二〇〇〇万円で本件工事を落札した。

3  右2で指摘した事実のうち、阪南市の発注する公共工事において、業者らによる談合が恒常的に行われていたことに加えて、本件入札において被告会社らは、被告根来組の一三億二〇〇〇万円を最低額として、五〇〇万円刻みの金額で入札していたことを考慮すると、被告P1ほか阪南市の担当者らにおいて、本件入札に当たり被告会社らによる談合があったのではないかとの疑いを抱くべき事情が存在していたものとみる余地がないでもないが、右のような事情のみから、被告P1が本件工事の請負契約を締結するに際し、単なる疑いの域を超えて、本件入札に当たり具体的に談合が存在したとの認識を抱くことは困難であったと考えられ、また、他に、本件工事の請負契約締結当時、被告P1において、被告会社らによる談合があったことを認識すべき根拠となる具体的な事情が存在したものと認めるに足りる的確な証拠もない。

もっとも、前記2で認定したとおり、阪南市においては、阪南建設業協同組合の総会終了後、阪南市の担当職員らが、同市において発注を予定している公共工事の件数、内容等につき業者らに説明することが慣行となっていたこと、被告P1は、阪南市の内規上地元の建設業者のみに対して発注する建築工事は価格が六億円未満のものと定められていたにもかかわらず、設計金額が一三億三六一七万円である本件工事につき、地元の建設業者である被告会社ら六社を入札参加業者として指名したこと、当時阪南市の建築管理課課長代理であったP3は、本件入札直前、本件工事の設計金額を入札参加業者に漏洩したこと、被告P1は、設計金額からの歩切り率をほぼ一パーセントとして本件工事の予定価格を決めたが、右の歩切り率は、被告阪井組の代表取締役であったP4が被告P1に対して事前に電話で依頼した数値と合致していたことといった事情が存するけれども、これらの事情はいずれも、本件入札における談合についての被告P1の認識ないし認識可能性の認定に直ちに結び付くものであるとはいい難いし、P3ら阪南市の職員に対する被告P1の市長としての監督責任の有無が、本件工事の請負契約締結に関する同被告の法律上の責任についての判断を左右するものでもない。

ところで、公共工事の入札における談合の存在につき十分な認識までは得られないような場合には、発注者の側としては、右入札を前提として契約の締結を実行するか、右契約締結を留保した上で談合の有無に関する調査を実施するか、あるいは、右入札を無効とした上で再度入札を実施するなどの対処の方法が考えられるが、個別具体的な契約締結の場面において、これらのうちいずれの方法を選択するかについては、一次的に契約締結権者の適切な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。本件においては、前記のとおり、被告会社らによる談合の存在につき確たる根拠までは得られていなかったのであり、また、本件証拠上認められる事情に照らし、本件入札に基づく請負契約の締結を取り止めるのが相当であったとも直ちにはいい難いから、被告会社らによる談合を看過して右契約を締結したことに関し、被告P1に故意又は過失責任を伴う義務違反があったとまで認めることはできない。

4  よって、被告P1に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

七  被告P2の違法行為と責任について

1  被告P2が平成七年三月末日まで阪南市の総務部長の職にあり、本件工事の請負契約を締結するための事務を担当していたことは、同被告との間で争いがない。

2  主位的請求について

(一)  原告らは、被告P2が被告会社らの談合に積極的に関与していたとして、被告P2と被告会社らの共同不法行為が成立する旨主張する。しかしながら、前記六2で認定したとおり、阪南市の発注する公共工事において業者らによる談合が恒常的に行われていたこと、本件入札において被告会社らは、被告根来組の一三億二〇〇〇万円を最低額として、五〇〇万円刻みの金額で入札したことが認められるものの、これらの事実から、被告P2が本件入札における談合の存在を具体的に認識し、又は認識し得たとまでは認めるには足りず、まして、同被告が被告会社らの談合に積極的に関与していたとの事実を認めることはできない。

また、原告らは、被告P2が被告会社らによる談合の事実を隠蔽しようとしたほか、本件工事の請負契約の解除もしなかったとも主張するけれども、同被告が右談合の事実を隠蔽しようとしたことを認めるに足りる証拠はないし、同被告に右請負契約を解除すべき権限及び義務があったとは認められない以上、右解除に関する主張も失当というべきである。

(二)  よって、被告P2に対する主位的請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

3  予備的請求について

本案前の主張2(被告P2の権限の不存在)について判断する。

被告P2が本件工事の請負契約締結当時阪南市の総務部長であったことは、同被告との間で争いがない。

ところで、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟において適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びその者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者をいうと解するのが相当であるところ(最高裁判所昭和六二年四月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻三号二三九頁)、阪南市の総務部長は法令上本件工事の請負契約の締結権限を有しておらず、また、総務部長が市長から右権限の委任を受け、又は右契約締結につき専決権限を与えられていたなどと認めるべき根拠も存しないから、被告P2が右契約締結に関する権限を有していたと認めることはできない。

そうすると、被告P2は、同号所定の「当該職員」に該当すると認められないから、同被告に対する予備的請求に係る訴えは不適法であり、却下を免れない。

八  阪南市の損害について

1  損害額の算定について

(一)  既に認定したとおり、被告会社らは本件入札に当たって、互いに通謀の上、予め入札価格を調整することにより、被告根来組をして阪南市との間に本件工事の請負契約を締結させることを目的として談合し、入札の公正を害する行為をしたものである。このような被告会社らの談合行為が、入札に参加する業者の間で入札価格を競わせることにより適正な契約価格を形成しようとする競争入札の目的に反し、適正な契約価格の形成を阻んだことは明らかというべきである。よって、阪南市は、本件入札における被告会社らの談合行為により損害を被ったものと認めることができ、現実に被告根来組との間で締結された本件工事の請負契約における代金額と、被告会社らの談合行為がなかったとした場合に形成されていたであろう本件工事の請負代金額との差額が、阪南市に生じた損害額に当たると認めるのが相当である。

そこで、被告会社らの談合行為により阪南市に生じた損害額を算定するためには、まず、本件入札において被告会社らの談合行為がなかったとした場合に形成されていたであろう本件工事の請負代金額について検討すべきことになる。

(二)  原告らは、主位的主張として、公共工事の指名競争入札に当たり業者間で談合が行われた場合、一般的にみて、談合がなかった場合の公正な価格に比較し、落札価格は二〇パーセント以上高額になっているものと推測することができるとして、阪南市が被った損害は、被告根来組の落札価格(一三億二〇〇〇万円)の二〇パーセントを下らないと主張し、この主張に沿う資料(甲五、八、一二)や、「談合がなかった場合には、談合した場合に比べて落札価格が約一五パーセント低くなる。」旨を述べる被告阪井組の代表者(当時)の供述(甲二七、三〇)等も存在する。

しかしながら、指名競争入札における落札価格は、入札の対象となる工事の種類・内容及び規模、入札参加業者の数及び規模、発注者と入札参加業者との関係、入札当時における経済情勢、当該地域の特性その他種々の要因が複雑に影響し合って形成されるものであるから、このような種々の落札価格の形成要因を捨象し、直ちに本件工事のケースにおいても、談合がなかったとした場合の落札価格は談合があった場合に比較して一般的に二〇パーセント低くなったはずであると推認することは相当でないといわざるを得ない。また、「談合がなかった場合には、談合した場合に比べて落札価格が約一五パーセント低くなる。」旨の業者側からの供述も、その根拠とするところが不明であり、本件工事の場合に右の数値を直ちに適用することはできないというべきである。

(三)  また、原告らは、第一次予備的主張として、公共工事の指名競争入札に当たり業者間で談合がなかった場合、通常は最低制限価格とほぼ同じ金額で落札されるとの前提のもとに、本件入札において被告会社らの談合がなかったならば、阪南市の定めた最低制限価格が落札価格になっていたものと考えられる旨主張する。

しかしながら、最低制限価格は、設計金額等からみて、これを下回る価格ではおよそ適正な内容の工事が実施されることを期待し難いと考えられるため、工事内容の適正を確保することを目的として、これを下回る価格による落札は認めないとの趣旨で設定された価格であるにすぎないのであり、このような趣旨で設定される最低制限価格をもって、談合がなかったとした場合の落札価格とみなすことは相当とはいい難い。

(四)  更に、原告らは、第二次予備的主張として、本件工事を実際に行った被告阪井組の粗利益の差額をもって、阪南市が被った損害に当たるとも主張するけれども、談合がなかったとした場合に予想される同被告の粗利益を最低制限価格をもとに算出している点において、右(三)と同様の理由から相当でないというべきである。

(五)  以上のとおり、原告らの右各主張は採用することができず、また、本件証拠上、本件入札において被告会社らの談合がなかったとした場合に形成されていたであろう本件工事の請負代金額を合理的に算定することは極めて困難であるといわざるを得ない。

もっとも、既に認定したとおり、本件入札においては、被告根来組が本件工事を落札したものであるが、同被告は、事前に合意したところに従って被告阪井組に本件工事の全部を発注し、その結果実際には、本件工事は、被告阪井組により実施・完成されたものであること、被告根来組が被告阪井組に本件工事を発注した際の代金額は、被告根来組の名義料(二〇三九万四〇〇〇円)並びに被告南建設、同北浦組、同泉州ブロック及び同池宮鉄工の四社に配分するための談合調整金(八五八〇万円)を控除した金額であったことが明らかである。そして、これらの事実に照らせば、右名義料及び談合調整配分金の合計額(一億〇六一九万四〇〇〇円)は、被告阪井組が実施した本件工事とは無関係の被告会社らの談合のために必要とされた費用であって、本件工事の落札価格には右名義料と談合調整配分金の合計一億〇六一九万四〇〇〇円が含まれていることが明らかであるから、本件工事の入札において被告会社らによる談合がなかったとした場合には、本件工事の請負代金額は、阪南市と被告根来組との間における現実の請負代金額に比べて、少なくとも右名義料及び談合調整配分金の合計額の限度で低廉な金額となっていたであろうことは容易に推認されるところである。

よって、本件においては、民訴法二四八条の規定の趣旨にも照らし、右合計額である一億〇六一九万四〇〇〇円が阪南市に生じた損害額であると認定するのが相当である。

(六)  被告阪井組は、同被告が実施した本件工事の原価は請負代金額を上回っており、本件工事は単体工事としては赤字であったから、阪南市に損害は生じていない旨主張する。しかしながら、同被告による経費等の算定の正確性はさておくとしても、たとえ工事のため現実に要した費用が請負代金の額を上回ったとしても、工事を請け負った業者としては、請負契約上、発注者との間の合意により定められた代金額で工事を完成させる義務を負っているのであり、他方発注者は、右合意により定められた代金額を超える金員の支払義務を当然に負うものではないのであるから、本件工事の原価が請負代金額を上回ったかどうかという点が、発注者である阪南市の損害の有無及び程度を左右することにはならない。よって、被告阪井組の右主張は採用することができない。

また、被告池宮鉄工は、本件工事の設計金額及び本件入札の予定価格は、いずれも被告根来組の落札価格を上回っているから、阪南市に現実の損害は生じていない旨、及び、談合調整配分金をもって直ちに阪南市の損害に当たるとはいえない旨主張する。しかしながら、設計金額は、予定価格及び最低制限価格を設定するための前提となる金額であるにすぎず、また、予定価格は、発注者の利益を損なわないようにするため、これを上回る価格による落札は認めない趣旨のもとに設定される入札の上限価格にすぎないのであって、工事の受注を希望する業者間で自由かつ公正な競争を経た場合には、現実の落札価格はこれらを下回るのが通常であると考えられるから、設計金額あるいは予定価格を上回らない限り、阪南市に損害が生じないということはできないし、談合調整配分金についても、前記のとおり、それが被告会社らの談合のために要した費用であって、本件入札において談合がなかったとした場合には、本件工事の請負代金額が少なくとも右金額に相当する分だけ低廉な金額になっていたものと推認されるから、阪南市は、右金額相当分の損害を被ったとみるのが相当である。よって、被告池宮鉄工の右主張も採用することができない。

2  過失相殺について

被告根来組、同南建設、同北浦組、同泉州ブロック及び同池宮鉄工は、阪南市の側にも、談合を容認又は推進してきたという事情があることや、談合を回避・防止するための態勢に不備があったことなどを指摘し、これらを原因とする過失相殺を主張する。

この点に関し、同市の職員が本件工事の設計金額を業者に漏洩したという事実があることは既に認定したとおりであるが、そもそも、地方公共団体の個々の職員は、当該地方公共団体自身と身分上ないしは生活関係上の一体関係にあるとは認められないから、たまたまこのように個々の職員が職務権限を濫用して行った行為を阪南市自身の行為と同視し、過失相殺を根拠付ける事実とみるのは相当でないというべきである。また、右漏洩の事実以上に、被告P1ほか阪南市の担当者らが本件入札における被告会社らの談合を容認し、あるいは推進してきたとの事実や、本件入札の実施に当たり、談合を回避・防止するための阪南市の態勢に不備があったとの事実は、証拠上認めるに足りないから(なお、被告P1ほか阪南市の担当者らがその権限を濫用して同市の利益に反する行為を行ったとしても、右担当者らのそのような行為を同市の行為と同一視することが相当でないことは、既に説示したとおりである。)、本件において過失相殺の適用があるとすることはできない。

よって、過失相殺に関する右主張は失当である。

3  供託等について

(一)  乙第八ないし一一号証の各1、2及び弁論の全趣旨によれば、被告根来組は九九九万九四六一円、同南建設は二四九万九〇六〇円、同泉殖ブロックは一九九万九八九二円、同北浦組は九九万九四〇九円を、いずれも平成九年一二月二五日、それぞれ本訴請求に係る債務(各供託書には「不当利得返還債務」と記載されているが、不法行為による損害賠償債務の趣旨であると解される。)の履行として、阪南市のため大阪法務局岸和田支局に供託したこと、同市は平成一〇年三月三日、これらの供託金(合計一五四九万七八二二円)の還付を受けたことが認められる。

右事実によれば、右供託金は、阪南市が本件工事の請負契約において被った損害である一億〇六一九万四〇〇〇円に対する平成九年八月一二日(原告らが本訴において請求する遅延損害金の起算日であり、右の日が不法行為の日以後であることは既に認定した事実から明らかである。)から右供託の日である同年一二月二五日まで年五パーセントの割合による遅延損害金(一九七万八四〇八円(円未満切り捨て))にまず充当され、その残額一三五一万九四一四円が右損害額の元本に充当されることになる。したがって、右損害の残額は、九二六七万四五八六円となる。

(二)  被告根来組、同南建設、同北浦組及び同泉州ブロックは、阪南市から支払を受けた本件工事の請負代金の中から被告根来組が取得した名義料(二〇三九万四〇〇〇円)は、本件工事の受注者として必要な経費に使用したものであるから、これを同市の損害額から控除すべきであると主張する。しかし、本件工事を実施したのは被告阪井組であって、被告根来組が名義料として取得した金員をいかなる用途に費消したかは、阪南市に生じた損害額の認定を左右するものではないし、阪南市が右名義料相当額の利益を得たということもできないから、右主張は採用の限りでないというべきである。

九  被告阪井組に対する請求について

大阪地方裁判所岸和田支部が平成九年七月一八日、被告阪井組に対して和議手続を開始する旨の決定をしたこと(同裁判所同支部平成八年コ第二号)、その後、同裁判所同支部は、同年一一月六日、同被告に対して和議認可の決定をし、右決定は確定したこと、右認可を受けた和議条件によれば、同被告は、和議債権のうち元本の八〇パーセント相当額及び利息、遅延損害金の全部の免除を受け、その残額(和議債権元本の二〇パーセント相当額)を、平成一〇年から毎年七月三一一日限り、和議債権元本の二パーセント相当額ずつ一〇回に分割して支払うこととされていること、以上の事実はいずれも当裁判所に顕著である。

ところで、本訴請求債権は、平成七年三月における談合及びこれに基づく本件工事の請負契約締結を原因とする損害賠償請求権であって、被告阪井組に対する和議開始前の原因に基づいて生じたものであるから、和議債権となることが明らかである(和議法四一条)。そうすると、同被告に対する本訴請求債権は、右認可を受けた和議条件の制約のもとでのみその行使が認められることになる。

よって、被告阪井組は、阪南市に対し、同市に生じた損害の残額九二六七万四五八六円の二〇パーセントに相当する一八五三万四九一七円(円未満切り捨て)を、その余の被告会社らと連帯して、平成一〇年から毎年七月三一日限り、一八五万三四九一円(右同)ずつ一〇回に分割して支払うべきものである(なお、被告阪井組が阪南市に対する損害賠償義務の存在を争っている以上、支払期日が未だ到来していない分についても、予めその請求をする必要があるものと認められる。)。

一〇  結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求のうち、

1  被告根来組、同南建設、同北浦組、同泉州ブロック及び同池宮鉄工に対する請求は、九二六七万四五八六円及びこれに対する平成九年一二月二六日から支払済みまで年五パーセントの割合による遅延損害金を連帯して阪南市に支払うことを求める限度で理由があり、その余は理由がなく、

2  被告阪井組に対する請求は、平成一〇年から平成一九年まで毎年七月三一日限り一八五万三四九一円ずつ及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年五パーセントの割合による遅延損害金をその余の被告会社らと連帯して阪南市に支払うことを求める限度で理由があり、その余は理由がなく、

3  被告P1に対する請求は理由がなく、

4  被告P2に対する主位的請求は理由がなく、予備的請求に係る訴えは不適法として却下すべきである。

なお、原告らの請求を認容した部分についての仮執行宣言は相当でないから、これを付さない。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 石井寛明 裁判官 徳地淳)

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